[]「迷いと決断」出井伸之 (2005)

迷いと決断

ソニー前CEOの出井さんが、ソニーでのキャリアを振り返った本です。



この手の本は、超一流の実務家の経営観やリーダーシップ観が語られていることが多いのですが、一人称的に時系列で経歴が語られていくので、その中から要点を抽出するのが意外と難しかったりします。



出井さんは、在任当時、日本企業の高齢の(失礼っ!)トップとしては珍しく、とてもおしゃれな人で、スピーチに使うボキャブラリーも、結構レベルの高いものを選んで話をする人でした。そういう意味で非常に際立った人だったのですが、同時に「何を言っているのか要点がつかみにくい」という批判も多く受けていた人でした。



一度、日→英の通訳で、出井さんの株主総会のスピーチを英訳したことがあるのですが(トレーニングで)、非常に通訳するのに苦労した覚えがあります。理由は、話が細切れで、全体としてのメッセージが構造化されていなかったから。一つ一つの話は訳せるのですが、で、全体として何が言いたいのか、前の発言と今の発言には論理的にどういうつながりがあるのか、それがわかりにくい人でした。(かつ、使うボキャブラリーが高度なので、これまた訳しにくい)



まあ、そんなこんなで、この本の話もいろいろと話が飛びます。



興味深く読みましたので問題ないのですが、出井さんはコーポレートガバナンスに非常に注力したようですね。



ビジョナリー・カンパニーの中の議論の1つに、「正確に時間を知らせる人と、正確に時間を知らせる時計を作る人とどっちが偉いか」という話が出てきます。組織としては、その人が居なくなったも機能する時計を作る人の方が重要という議論だったと記憶していますが、出井さんがやろうとしたことも、システムとしてコーポレートガバナンスを作り上げることだったようです。



そういう意味では正しいことをしようとしたと言うことになるかと思います。



しかし、一方で、出井さんもたびたび引用をしているGEのリーダーシップの考え方に基づいて彼を評価した場合は、また違う話が出てきます。GEの4Eでは、リーダーに必要な要素として、





○Energy(エネルギー)

○Energize(他者を活気付ける能力)

○Edge(時に過酷な要求を行う能力)

○Execute(ビジョンを結果につなげる一貫した能力)





の4つが必要だ、とします。出井さんのコーポレートガバナンスがどの程度ソニーに根付いたのかはわかりませんが、もし彼の理想像には届かなかったのだとすれば、Energizeに問題があったように思います。



EVAにしても、出井さんは「その真意が理解されず、EVAを導入したために長期的な投資が行われなかったというような検討違いな指摘を受けてしまった」と言っていますが、正しいビジョンを描いたのであれば、それを元に他人を巻き込み、鼓舞し、Execute(実行)にもって行くことがリーダーに仕事でしょう。



まあ、「時計を作る人」よりも「正確に時を知らせる人」の方が預言者的なカリスマ性を帯びて評価されるため、彼の仕事が正しく評価されるにはもうちょっと時間がかかるのかもしれません。



もう1つ、出井さんはソニーで遣り残した仕事があると思います。本の中で、93年の段階で、未来の社会を予測するレポートを書いた、というくだりがありますが、これこそシステムとして会社の中に定期的に未来を予測してその内容を社内で共有する「時計」を作って欲しかった。



他人よりも半歩先のライフスタイルを提案するのがソニーの社会的役割であるならば、第二の創業として、創立者の勘を無くした現在でも、その役割を果たすシステムが必要だと思うのです。



かっこいい日本のおじさん、というイメージだっただけに、この先もそのポジションを失わずにやっていってもらいたいものです。