[]「道をひらく」 松下幸之助

道をひらく

ソニーCEOの出井さんが「松下幸之助さんの著作はほとんど読んでいて、、、」と言っていたのを思い出して読んでみました。



ちなみに、松下幸之助さんは著作の数が非常に多く、PHPが編集したもの(発言集とか)をあわせると、100冊を超える本があるようです。それをほとんど読んでて、という出井さんもすごいと思いますね。中谷彰宏も著作の数がはんぱありませんが、あの人の書き方も松下幸之助さんを目指しているんだろうか、と思ったりします。





ベンジャミン・フランクリンの自伝を読むと「アメリカ人が目指すアメリカ人像」がわかると言いますが、幸之助さんの著書で語られる人間像は「日本人が目指す日本人像」に近いように思います。



つまり「勤勉にして誠実」。「誠実」は今でも変わりませんが、「勤勉」のほうは、最近ちょっと廃れてきているようにも思います。



いくつか「これは」と思い、付箋を貼りながら読んでいましたが、その中から1つ紹介します。





「止めを刺す」(P92)

昔は、いわゆる止めを刺すのに、一つのきびしい心得と作法があったらしい。だから武士たちは、もう一息というところをいいかげんにし、心をゆるめ、止めを刺すのを怠って、その作法にのっとらないことをたいへんな恥とした。



ものごとをしっかりとたしかめ、最後の最後まで見きわめて、キチンと徹底した処理をすること、それが昔の武士たちのいちばん大事な心がけとされたのである。その心がけは、小さいころから、日常茶飯事、箸の上げ下げ、あいさつ一つに至るまで、きびしく躾けられ、養われていたのであった。



こんな心がけから、今日のおたがいの働きをふりかえってみたら、止めを刺さないあいまいな仕事のしぶりの何と多いことか。



せっかくの九十九パーセントの貴重な成果も、残りの一パーセントの止めがしっかりと刺されていなかったら、それは始めから無きに等しい。もうちょっと年を入れておいたら、もうすこしの心くばりがあったなら−あとから後悔することばかりである。



おたがいに、昔の武士が深く恥じたように、止めを刺さない仕事ぶりを、大いに恥とするきびしい心がけを持ちたいものである。





身にしみますね。