[]アメリカン・ビューティー(1999)

アメリカンビューティー

5年ぶりくらいに観ました。



これね、観終わってやっぱり宮台真司の「まぼろしの郊外」の話を思い出すのって僕だけじゃないですよね。映画の最初はシカゴの郊外の無個性なストリートの空中俯瞰映像から始まりますが、そこで展開していくストーリーは、核家族化した現代家庭での家族の空中分解。旦那の少女愛、奥さんの成功幻想、娘の自分探し。



ちなみに、こっちの娘の方は、隣に引っ越してきたサイコ少年とまったり生きる場所を見つけるので救われていますが、きっと「OrdinaryってWorstでしょ」と言っていた娘の友達(?)は援交に走る、というのが予想されるその後の展開でしょう。



アメリカの現代社会の問題点を描写した作品、と評価されているようですが、アメリカ固有の問題というよりは、「勝ち組・負け組」、「イケテル・イケテナイ」、みたいに価値基準を上か下かの一軸で考えようとする社会が必然的に陥る問題を描写しているように思います。



この辺、ケビン・スペイシーの演技が素晴らしくて、取り付かれたように筋トレをする彼の行っちゃってる目(ついでに、"Do you like Muscle ?"と娘の友達に聞いた時の気味悪さ)が、社会の価値観がシンプルすぎる時に発生する気持ち悪さを的確に表現していると思います。



ちなみに、そのケビン・スペイシーの気味悪さを引き立てているのがサイコ少年のビデオ撮影で、彼が撮影した「最も美しいもの」が「風に舞うビニール袋」というのが良いですね。



本当にビニール袋が美しいわけではなくて、そこに深い意味を見出そうとする複雑な人間の認知の仕組みが美しい、と言っているのだと思います。「シンプルである価値」VS「複雑である価値」という古典的なシーソーゲームのように思います。