[]ハイパーマクロな世の中の見立て (「感情の地政学」)

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この本は中々面白い。地理的なものの見方が面白いという話は昨日書きましたが、

そこから一歩踏み出して、地形とか気候、周辺国との相対的な関係、など物理的な要素ではなく、そこに住む人たちの「感情」から、政治や経済がどのように動くのかを考えた本です。



学問的なち密さの観点からは問題があるのかもしれませんが、僕はこういうハイパーマクロな世の中の見立ては大好き。その時々で、自分がどの視座で世の中を観ているのかをきちんと認識さえしていれば、こういう見立てはとても役に立つと思います。第一、読み物として面白い。



多分、2000年代の最初の30年は「東洋の希望の時代」で、そのあとは「混沌とした不安の時代」になるんだろうと思います。



「今日の希望とは、すなわち経済的、社会的地位の向上であり、それが存在するのは主に東洋である」



この感情が続くのがせいぜい30年。理由は、中国13億人が、そろって希望を持っているから。チャン・イーモウの「生きる」的な「今日より明日は確実に良くなる」という希望が、物質的な豊かさの向上を根拠にしてしまうと、これはかなり厳しい。



「中国はいつの時代も世界で最も人口の多い国だった。そのため中国の指導者は、社会や経済が混乱に陥るという恐怖につねにさいなまれている」



「13億人総中流」を目指して驀進し、それが資源的制約で、どこかのタイミングで無理だとわかった瞬間に、希望は怒りに変わる可能性があって、そういう状況になった場合、周辺国も含めて非常に不安定な世の中に突入するのだろと思います。



「中国との比較でいえば、多元主義的なインドの複雑な多様性が、この国で民主主義が永らえて安定している大きな理由なのかもしれない。これに対して中央集権的な中国は、インドに比べてはるかに効率的だが、政治的不安定が高まった場合には、混乱の急速な広がりに対してはるかに脆弱になるだろう」



直近の経済の先行きの見立てとハイパーマクロな世の中の見立て、色々な視座で将来を考えることは、今日をどう生きるべきなのかを考えることとほぼイコールだと思います。



考えれば考えるほど、答えはもう出ているような気がしてなりません。